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仙台 フラスタジオマウロア 鈴木幸子さんにフラの魅力を聞きました その1

小さい頃から踊りが大好き!

鈴木幸子先生仙台を拠点に活躍されている鈴木幸子先生。
現在「フラスタジオマウロア」を主宰されている。
小さい頃から踊ることが大好きで、よく音楽に合わせて踊っていたそうである。
また高校時代は音楽にハマり、ギターを弾くようになり、
中島みゆきのコピー等していたそうだ。
同時に新体操部に籍を置き、そのバレエ的要素に夢中になったそうである。

意外にも先生とフラの出会いは、それからかなり経ってからだ。
ご結婚をし、新居を構えたすぐ近所にフラの教室があった、
それが始まりだったという。

非常に運命的な出会いであると感じた。
以下、3回連続で先生のインタビューをお読み頂きたい。

映画「赤い靴」のバレリーナのように

――先生はフラを何歳から始められたのですか?
鈴木先生:30代になってからです。近所にたまたまフラの教室があったことは先程お話しした通りです。もともと踊ることに興味があった私は迷うことなく、その教室の門をたたきました。

――初めてフラを踊った時の感想はいかがでしたか?
鈴木先生:こんなにも手と足を別々に動かすことが難しいとは思いませんでしたし、もっと簡単な踊りだと思っていました。ですからギャップはかなりありましたね。

――その時やめようとは思われなかったのですか? どうして続けようと思われたのですか?
鈴木先生:最初に教わったインストラクターの先生の踊りがあまりに美しくて、感動してしまったんです。そういう風になりたい、と強い憧れを抱きました。それからは基礎をみっちり身体にたたき込みました。もう必死でしたよ(笑)。
2~3ヶ月ぐらい経った頃でしょうか。踊ることが楽しくなり始めたんです。それからはフラにどっぷりの生活になりました。
ワンレッスン1時間半だったのですが、それを続けて3つ受けたり、合計4時間半ですよね。とにかくその位やらなければ気が済みませんでした。まるで映画「赤い靴をはいたバレリーナ」みたいだとおもいました。その靴をはいてしまったら最後踊らざるを得ない、そんな感じでしたね(笑)。そんな生活を3年間続けました。

――そんなに魅了されたのですね。そこまで魅了されたフラの魅力についてもう少しお伺いしたいのですが。
鈴木先生:フラそのものも動きにも魅せられましたが、音楽にも非常に惹かれたんです。フラの音楽は楽器だけの演奏もあれば、歌手が歌う場合もあるのはご存知ですよね?
その歌手の中の第一人者である、フェアリー・レイシェルの歌の素晴らしさに感動したんです。またそれに合わせて踊るという行為自体に、非常に心地よさの様なものを感じたのです。フェアリー・レイシェルは「you tube」でも見ることができますので、ぜひ聴いてみて下さい。

――その3年間の後先生はどうされて、仙台に教室を開くまでに至ったのでしょうか?
鈴木先生:東京まで行ってしまったんですよ(笑)。『日本フラダンス協会』というところの代表であるマリアニーノ先生が主催している団体です。マリアニーノ先生は‶フラの神様″と言われた、故・ジョージ・ナオペ(通称アンクル・ジョージ)氏の直属のお弟子さんでした。そのマリアニーノ先生の直属のお弟子さんであった、ヒロ先生(男性)に2年間教わりました。つまりアンクル・ジョージ氏の弟子の弟子ですね。その2年間、私は教わるのと同時に、仙台の貸しスタジオを借りて、教えることも始めました。東京と仙台を行ったり来たりの日々を過ごしました。
そうして、自分自身のスタジオを持つに至ったわけです。ちょうど震災前の年の12月1日でした。

取材協力

フラスタジオマウロア:鈴木幸子主宰
〒983-0852宮城県仙台市宮城野区榴岡4丁目5-1 福島屋ビル3F
電話 080-3323-7657(10:00~20:00:鈴木)
http://www.hula-studio-mauloa.com/mauloa.html

次号へ続く


「ハワイアンジュエリー物語」では、今後も全国のフラ教室で活躍する魅惑のフラガールたちをインタビュー等で定期的にご紹介していく予定です。取材希望の教室関係者の方がいらっしゃいましたら、「お問い合わせ」よりご一報ください。自薦他薦を問いません。「ハワイ好きなら知っておきたいフラの歴史」」という記事もぜひご覧ください!