ハワイアンジュエリーの総合情報サイト

Chapter6「ハワイアンジュエリーの魅力」~本当のハワイアンジュエリーの歴史とは?

SANYO DIGITAL CAMERA

ポリネシア文化における宗教と刺青について

世界3大宗教と言われているのが、キリスト教・仏教・イスラム教と言われています。それぞれの宗教についてはあまり深く理解していないので、語弊があれば指摘をして下さい。僕の中ではこの3大宗教のそれぞれの頂点に立っている人の名前はよく知っていました。キリスト教がイエス・キリスト様、仏教がブッタ様、イスラム教がムハマンド様です。これらの宗教と比べて、日本を含む環太平洋地域の宗教は神道(しんとう)という文化圏です。

神道とは山や川や海などの自然や自然現象を敬い、それらに八百万(やおよろず)の神を見出す多神教です。つい先日“ノア”という映画を見ました。ノアの箱舟の映画です。旧約聖書に書かれているお話です。その映画の中では、神が光と影をつくり、大地をつくり、海をつくり、生き物を創造された、というお話です。神が自然を創り人間を創ったという考え方です。

chap6_2

(写真:映画「ノア約束の舟」ワーナーミュージックWPCR-15767/¥2,808税込)

しかしながら、神道の考え方は順序が逆です。自然が私達をつくりあげた、という考え方なのです。つまり自然に感謝し、敬えという感じです。雨の神様のおかげで今年も作物が育って、私たちは生きる事ができている。海の神様のおかげで漁をすることができ、海の幸をいただくことができている。太陽の神様、風の神様、水の神様、月の神様などなど、自然のおかげ様という考え方です。

そして、刺青の文化が育っていった理由は、家族や仲間への思い、自然に対する畏怖や尊敬の思いを切り離して考えることはできません。様々なポリネシアの部族の中で刺青の文化が醸成された理由は、まずは他の部族との区別をつける為と言われています。大きな統治システムがない時代、それぞれの部族は敵と味方の判別を瞬時につける必要があったと考えられています。また、成人や婚姻の証などの意味もあったそうです。そして、様々な神様の力を自分の体に宿す目的もあったのではとも言われています。

家族や仲間を大切に思う気持ち。

自然に感謝する気持ちを忘れてはならない。

この2つのことを昔の昔のもっと昔の人達は、未来の子供達に伝えたかったのではないでしょうか。文字がない文化では踊りや歌、そして様々な紋様としてこの2つのことを伝えようとしたのです。

ハワイアンジュエリーの模様に込められた平和への願い

ポリネシアから渡ったファーストハワイアン達。とても困難な航海を乗り越えてハワイにたどり着いたはずです。なぜ、ハワイをポリネシアン達が目指すことができたのか? という疑問には2つの説があるそうです。

タヒチ周辺の島々で暮らしていた人達が空を見上げると、何もないはずの北の方から鳥が飛んでくる。「何もない所から鳥が飛んでくるはずはない。向こうにも見知らぬ島が必ずあるはずだ」と勇気のある海の民が、見果てぬ島を目指し漕ぎ出したという説。

もうひとつは、ちょうど今、小笠原諸島に西ノ島という島が日本の領海に生まれています。まだどんどん大きくなっているそうです。海の中に島が生まれるとき、多くの場合、海底火山の噴火がともなうそうです。その噴火のパワーは海底を攪拌し、多くの堆積物が巻き上げられるそうです。そしてその堆積物が海流に乗り、白いミルキーウェイになって、漁をしていた船に見つけられ、新しい島の誕生に気づいた人達が北を目指したのではないか、という説です。どちらもロマンがある話です。

ただ、どちらにしても、とても過酷な船旅だったはずです。そしてやっとたどり着いた数人の人達は、互いに支えあい、助け合い、ゆずり合い、分け与えあったはずです。そして、あの美しいハワイの島々にたどり着かせてくれた自然の神々に、感謝を惜しまなかったはずです。

「今私達がこの島にたどり着き、繁栄しているのは、家族や仲間を大切にして自然のおかげで生きることができている。だから、自然への感謝する気持ち、家族や仲間を思う気持ちは絶対に忘れてはならないし、その思いも未来の子供達へ伝えなくてはならない」
そんな思いから生まれたのが、ハワイアンジュエリーに刻まれている模様だと僕は考えています。

<Chapter7へ続く>(文・松尾琢磨)