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Chapter3「ハワイアンジュエリーの魅力」~本の名前は『永遠なるその記憶』

chap3

 フィリップリカードさんの書いた本は『永遠なるその記憶』というタイトルでした。それはおそらくこの世に唯一存在するハワイアンジュエリーの研究本です。

その本にはこんな事が書いてあります。一部を抜粋してみました。

エングレーバー(電動彫字機=編集部註)を使って複雑なエアルームジュエリーの模様を彫っていた時に、その模様を見てふと私が深く関わっているこの仕事の、はるか昔にさかのぼる起源について思いをはせてみた。
顧客からハワイアンジュエリーの歴史について聞かれることも多かったので、少しその歴史についての説明も商品と共に同封したほうが良いと考えてもいたからだ。

現地の宝飾業界内でよく知られているハワイアンジュエリーの歴史は、「ハワイ王朝の王女リリウオカラニが、1887年ロンドンで行われたイギリスのヴィクトリア女王の生誕50年祭に出席した際に、ヴィクトリア女王自身から彫刻が施されたブレスレットを貰い受けた。そしてリリウオカラニがハワイに戻り女王として君臨した間、そのブレスレットをよく身につけていたため、それがハワイアンジュエリーの起源となった」というものである。

私は様々な手段でその事実確認を試みたが、イギリスの歴史文献においてそれを確証できる記録は見つけられなかった。そこで私は色々な史実を探るのではなく、このハワイアンジュエリー史の間違いなく中心人物である、ハワイ王国最後の君主リリウオカラニ、この人について徹底的に調べることにしたのである。

私が最初に見つけた1892年の彼女の写真では既にエナメル加工されたブレスレットを身につけていた。が、さかのぼること7年前の1885年、彼女がイギリスへ行く2年前の写真でも既にブレスレットを身につけていた。さらにもっと古い写真においても、似たようなジュエリーを既に身につけていたし、1862年彼女が20代の時の写真でも現存するバングルを身につけていたのである。
とにかくこれらの事実は、これまでハワイの宝飾業界内で通説とされてきた内容を覆すもので、本当の史実はもっと複雑なものだと確信した。

とにかく最後の君主リリウオカラニとは、ハワイの歴史のどの側面においても深く関わった人物である。彼女の生涯を紡ぐことがハワイの歴史、そしてエアルームジュエリー誕生の歴史を知ることだと思われる。(フィリップリカード著『永遠なるその記憶』より)

フィリップリカードさんの著書に啓発されたこともあり、僕のハワイアンジュエリーの歴史の追及は確信を持ってスタートすることになったのです。本当の歴史はもっと別にあるはずだ。ヴィクトリア女王から進呈されたものであったにせよ、ヴィクトリア女王の姿に感銘してリリウオカラニ女王自らが作らせたものにせよ、もしハワイアンジュエリーの定義が誰かの名前を彫りこんで、黒いエナメルを入れてあるものだとすれば、ハワイアンジュエリーの起源は1887年からはじまったというので良いかもしれません。

しかしながら、昨今のハワイアンジュエリーに黒いエナメルを入れている商品はほとんど見ることができません。ハワイアンジュエリーの定義とは何かを良く聞かれる僕は、必ず次のように答えています。

「草や木や海や風や波。その他様々な生き物を表現した自然のモチーフが彫りこまれている、または造形してあるのがハワイアンジュエリーの定義だと思います」と……。
「黒いエナメルを入れているのがハワイアンジュエリーの定義です」と答える人には、僕も今まで会ったことがありません。

ネイティブハワイアンの歴史を探るとリリウオカラニ女王の功績は大きく、本当の意味でハワイの文化を救ってくれた人なのでは……、と調べれば調べるほど魅力的な精神を持っている女王様だったことは推測ができます。既にハワイアンジュエリー業界に浸透している起源を否定することに意味はありませんが、本当の歴史を知りたい――そんな思いでこの文章を書いています。

<Chapter4へ続く>(文・松尾琢磨)